九 家づくりの年代
持ち家への夢を
先に申したとおり、われわれは人生を大観した上で、大体の目標を決め、その達成に取り組まねばなりません。
ところで長男として、土地建物を親より譲り受ける人や、またごく少数の、持ち家までも親に建ててもらい、一切「住」の心配のない人は別として、持ち家づくりの問題ではいろいろと悩んでいる人が多いようです。
大体の人が20代の後半では結婚するとして、その後まもなく「家づくり」の問題に取り組まねばならなくなるのが現状のようです。
このように「住」の問題は、非常に困難な問題であり、サラリーマン男性の心中をお察ししますと、なかなかもって容易ならぬものとご同情の念を禁じ得ないのであります。
そこで、やがて来るべきこの「住」の問題のために備えて、すでに20代からいわゆる「基礎蓄積」にとりかかねばならぬといえましょう。
そしてその意味では、今日の相場として、だいたい20代の後半に最低300万円からできれば500万円程度の基礎蓄積が必要かと思われます。
それというのも、マンション入手の手付金としても、相当のお金が絶対の必須条件と言えるからです。
たとえ15年返済のローン契約にしろ、すくなくとも1/4の手付金の支払いを、最低額として必要とするからです。
さて、このように我が家のための手付金として、最低300万円ないし500万円を蓄積することができたとしても、ここで考えねばならぬことは、現在の経済情勢では、これだけの蓄積で一挙に我が家を持ちうるかというに、一般的にはそれは無理な話です。
実際にはこの基金をもとにして最初は3DK程度のマンションを購入することにし、そこで10年ないし15年住んで、40代の半ばになった辺りで、土地付きの我が持ち家を持つことができたら、一般のサラリーマンとしては一応最上と申してよいではないでしょうか。
おそらくそうした幸運をつかみ得る人は25%程度の人でしかないのが実情ではないでしょうか。
それ故このマンション時代に、他日持ち家をつくるための蓄積に努めねばならぬことは申すまでもないことであります。
こういう観点から考えますと、20代はマンションへの基礎蓄積の時代、また30代もこれまた持ち家への準備の年代と言えるでしょう。
では40代はどうかというと、40代は子どもの教育と進学で一苦労もふた苦労もしなければならぬのが普通ですが、さらに50代から60代へかけては我が子の結婚、さらに人によっては分家というように、一生で最大の出費を要する年代となるわけです。
それ故、30代で住宅ローンの支払いを完了できることが望ましいのです。
土地こそ最大の恩恵
こうしたサラリーマン生活の実情を察した上で、現在すでに土地に恵まれ、持ち家にめぐまれて、ないし住宅に関する一切のローンの配慮を要しない方々に対しては、地代や家賃、そして住宅ローンの支払いを要しないということが、いかに大きな恩恵であるかということを、この際特に知っていただきたいのです。
幸いにも一家の後継者として、そっくりそのまま家を譲り受け、あるいはまた分家を親から譲られた人々にとっては、この際土地こそ最大の恩恵であることを想い起こしていただきたいのであります。
なお、ついでですが、親の立場から子どもへの遺産を残したい余裕のある人は、最高80坪の土地だけを譲渡することが、不動産に関しては最大の贈り物と申せましょう。
なかには、子どものために家まで建ててやる親御さんもいるようですが、私としてはこの考えにはどうも賛成しがたいです。
それというのも人間としての性根を育てる上で、また人間としての真の智慧を身につけさす上で、過分の譲渡は問題ではないかと思うのです。
それではかえって、恩恵のありがたさがわからずじまいで一生を終わらせるような結果になろうかと思うからです。
家づくりの設計
ところで家づくりの設計ですが、今日の家族構成から申して、3LDKが標準ではないかと思います。
戦後アメリカの風潮を取り入れ、子供部屋を重要視し、かえって夫婦部屋や家族団らんの居間を軽く見る傾向も見受けられますが、再検討
要する問題ではないかと思います。
私としては、子ども部屋は採光面をよく考え、六畳の間をアコーディオンカーテンで仕切って住まわせるのがよくはないかと思われます。
子供部屋として各自に一室を与えることは、アメリカ式の風潮であって、われわれ日本人にはどうも不向きではないかと思われます。
それというのも、自立性の確立出来ない者を個室に入れるということは、放縦やわがままを増長することになりがちで、アメリカ式の個人主義においては徹底した自己責任という厳しい躾の裏付けがあることを忘れてはなるまいと思います。
要するに子供部屋に多くを割かないで居間を大きく取り、一家団欒の場を充実するというのが、日本式の家づくりではないかと思われます。
それからテレビはその居間におき、決して食堂におかず、ましてや子供部屋には決して置かさないことは申すまでもないことです。
それからこの頃では必ず応接間として洋間をつくり、テーブルとソファ・椅子を据えるのがおきまりのようですが、これは来客の出入りの激しいお宅ならともかく、ときたま新しい知己、友人や血縁の人に限られるような訪問客のお宅では、かえって応接間と称する洋間は必要ないのではないでしょうか。
現在、テーブルや椅子を取り払い、一家団欒の居間として活用しているのを時々見受けますが、古来坐を重んずる日本人には、やはりこの方がほんとにくつろぐのではないでしょうか。
なお次に述べるようなことは、家づくりの常識として申すまでもないことであすが、家づくりもしくは家選びのご参考になればと思います。
まず第一に日当たりの問題で、東窓は朝日がよく射し込み、西窓は、西陽の直射を享けて夏の日中には困るほどでしょう。
その点南窓は、一日中明るくて暖かく、居間には最適と思われます。
北窓は、冬は北風をうけて寒いとはいますが、しかし日光の直射をうけることが少ないので、書斎には最適と言えましょう。
次に申したいことは、家というものは敷地いっぱいに建てるべきではないということです。
建売住宅の場合、予算の都合上やむをえない場合は別として、一坪でも二坪でも空間を残すということは、採光の面でも、また自然の土の恩恵にあずかって、ちょっとした花でも植えられるという面でたいへん好ましいと思われます。
最後に一言
それから「持ち家づくり」について、もう一つ申したいことは、退職金を当てにしないということです。
退職金をもって家を手に入れればよいという人は近頃ではごく少ないと思いますが、どうも賛成しかねます。
退職金というものは、老後のために備えるべきものであって、「住まい」の問題は、30代において、夫婦が協力して着手すべき問題で、夫婦にとっては一生における一大事業なわけです。
それというのも、人間の晩年は収入が少なくなるのに、交際範囲は次第に拡がって、冠婚葬祭そのた慶弔費にお金がかかるものだということを考えねばなるまいと思います。
「森信三先生 父親人間学入門 9」 寺田一清著
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持ち家についてまで言及する森信三先生はすごいですね。
こんな教育者、なかなかいないんではないでしょうか。
持ち家、というのは家族がその時間を共有するとても重要な場だと思います。
また、家の中だけでなく、孟母三遷という言葉があるように、家の外、つまり環境も本当に大切。
近所の人や、子どもの友人がどんな人間かで、自分の子供が大きく影響されるからですね。
例えば下町に住んでいれば、江戸っ子気質の人が集まっているので、子どももその影響を受けます。
また、学問の街に住めば、子どもは周りの人の影響を受けて、学問に励むようになると思います。
父親にとっては持ち家を持つというのは一大決心ですよね。
住宅ローンという大きなものを抱えるようになるからです。
住宅ローンがあるから仕事にまい進するようになった、という声もあるので一概に大変、つらいとは言い切れませんが、それでもやはり大きな覚悟が必要です。
終の棲家として住むつもりくらい真剣に選び、後悔しない家を持ちたいものです。
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