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十一 子供の教育

公開日: : 人間教育, 仕事, 夫婦, 子育て, 父親,

夫婦間の危機

前章では、一応「夫婦のあり方」について申しましたが、大変な難しさを痛感いたします。

それというのも、仮に夫婦といってもそこにはいろんな組み合わせがあって、文字通り千差万別の色合いを異にしているから、ごく基本的な大事なことを申したにすぎません。

ところで作家の遠藤周作氏がその「結婚論」において「本当の結婚生活というものは、この幻滅、失望、落胆の瞬間から始まるのだ」と言っておられますが、全くその通りで、実際の結婚生活は、人生と同じく、必ずしも悦びや楽しさの連続でないばかりか、そこには倦怠もくれば、失意もあり、否、幻滅さえあると覚悟すべきだと思います。

どんな夫婦でも、いっそこの際別れようか、という思いは一度ぐらいは心に去来するもののようであります。

もしそうした思いが去来しない夫婦があったとしたら、そのご夫婦は二人ともよほどの楽天家か、それとも非常な幸運に恵まれた人のどちからでしょう。

ですから、いろんな夫婦の危機を越えながらも、別居や離婚をしないで生涯を連れ添って歩みぬいたご夫婦というものは、単に辛抱強いとか忍耐の人というだけでなくて、やはり温愛と真実の人と申せましょう。

何としても人生の縁を大事にすべきで、ごく少数の例外を除いては、ゼッタイに離婚すべきでないと思われます。

それというのも、離婚による最大の犠牲者は子供たちであって、こんにち非行少年の大半は、両親の離婚家庭に多いということを見ても、いかにもと頷かれることであります。

しかも母親の蒸発によって母子家庭ならぬ父子家庭が増加しつつあるというに至っては、まことに痛心にたえない現象と言わざるを得ません。

 

家庭は心身の安息所

なんと申しても子供にとって家庭環境のあり方ほど、影響の甚大なものはないと言えましょう。

しかも家庭の「和」づくりの中心は、いうまでもなく夫婦のあり方であり、したがって夫婦の不和ほど子供に対して不安・動揺を与えるものはないでしょう。

人間の安息所たるべき家庭が、両親の冷たい争いの場と化しては、もはや何をか言わんやであります。

それに反して、両親の和気あいあいたる語らいほど子供たちへの心の養分となり活力を与えるものはないと言えましょう。

ですからわたくしたちは、少なくとも子供の前ではゼッタイに夫婦喧嘩を避けるべきは当然でありましょう。

お互いに欠点や短所を持つ人間同志のことですから、意見の衝突や言葉のやりとりの末、夫婦喧嘩にいたるケースも間々あるとは思いますが、せめて我が子のいる前だけは、それこそ「ゼッタイに夫婦喧嘩はしない」という根本原則を確立して、これを厳守したいものであります。

実際、両親の不和や喧嘩ほど子供にとって家庭を不愉快にするものはなく、両親がかもし出す家庭内の沈鬱な空気には、実に堪えがたいものがありましょう。

こんにち、家庭暴力や校内暴力が新聞紙上でやかましく騒がれていますが、その原因の大半は、家庭における「和気」と「温かさ」の欠如にあると言えましょう。

わたくしは、かねてより、世のお母さん方に「母親こそは家庭の太陽である」と申しており、サンサンと降り注ぐ太陽の光と温かさをうけて、地上の万物が育つように、どうか太陽の熱と光を失わないで欲しいとつねづね申しているわけです。

何と申しても、母親が家庭において果たす役割がいかに大きいかを、世の男性たちも改めて認識を新たにし、和気と陽気の源泉である妻たり母たる人の心を曇らせ、悲しませるようなことは、子らのためにゼッタイに避けなければならぬと言えましょう。

 

家庭はしつけの道場

このように、家庭はこどもにとっても、夫婦にとっても、心身の安息所であると同時に、また人間形成の、とりわけ「しつけ」の道場とも言える一面がなくてはならないのであります。

このように家庭教育において、両親の果たす責務は実に重大であり、特に母親こそは家庭におけるしつけの根本責任者であります。

とりわけ小学校三・四年生までは、母親の責任は95%以上と言っても過言ではなかろうと思います。

では父親の家庭教育における責任分担は全くゼロに等しいかと言いますと、そうではなく、最も良き後援者でなければならぬと言えましょう。

わたくしは、人間教育の基盤は家庭教育にあり、その家庭教育の根本は実に「しつけ」にあると考えるものであります。

それゆえ「しつけ」こそ、人間教育への軌道であり、否、基盤だと申してよかろうと考えております。

それほどわたくしは、「しつけ」の意義を重視する者であります。

ところで、その「しつけ」の問題ですが、わたくしはしつけの根本は、次の事柄を徹底させれば、それでいちおう親の責任は済むとさえ考えているものです。

と申すのも、この三か条さえ完璧に身につきさえすれば、人間としての「軌道」に乗ったとみなして差し支えなかろうと考えていて、これさえ完全にできればあとの「しつけ」は順次に身につくのではなかろうかと思うのであります。ちなみにこの「しつけ」の三か条については、「家庭教育二十一ヶ条」をぜひお読み頂きたいのであります。

いまここで簡単に申しますと、

第一、必ず朝のあいさつをする子にすること。

第二、親に呼ばれたら必ず「ハイ」とハッキリ返事のできる子にすること。

第三、履物を脱いだら必ずそろえ、席を立ったら必ず椅子を入れる子にすること。

以上がしつけの三ヶ条でありまして、この三つの躾しつけが真に徹底すれば、もうそれだけで「人間」としての軌道に乗るわけですから、ちょっと考えたら不思議なくらいです。

また第一のこの「あいさつ」と第二の「返事」だけで、子供が親の言うことをよく聞く素直な子になるわけですし、また第三の「ハキモノ」は、人間にしまりをつける最重要なしつけでありまして、これはお金のしまりにも通ずるしつけといえましょう。

ところで、このしつけの時期等については、これも先にご紹介した「家庭教育二十一ヶ条」に詳説してありますので、ここでは省略することにいたします。

 

父親の権威

では、ひるがえって父親の家庭における役割は果たして何でありましょうか。

まず第一に、家族を養い育てる経済力の確保とういことは、第一に動かせぬところでしょう。

そしてこのために何らかの職業につき、その職務の遂行によって報酬を受け、生活の資を獲得しているわけでありまして、これが何と言っても父親にとっては第一の本務と申せましょう。

ところでこのように、父親は一家を支えるよき稼ぎ手であると共に、何と言っても一家の精神的支柱であるわけであります。

したがってつねに自らの信念・信仰に日々磨きをかけると共に、日々の生き方を自らよく練り鍛えねばならぬ義務があるわけであります。それでなくては、単なる月給の運搬者と言われても致し方ないともいえましょう。

とりわけ子どもの人間教育は、家庭においてこそ為されるべきものでありまして、両親の最大の義務としてその責任を免れないわけであります。

ですから会社の仕事がいかに多忙であり、そのため子供に接する時間がいかに短くても、「子供の教育は奥さん任せ」ということは、今や許されない時代でありましょう。

一家の大蔵大臣は奥さんに任せるとしても、一家の総理として、文部大臣の要職だけは夫が兼務すべきであると思われます。

こんにち日本における「父親不在」の家庭教育に対し警鐘を与えた書物として、ドイツ人の神父であり、優れた教育者のグスタフ・フォスの「日本の父へ」(新潮社)という名著がありますので、ぜひ一読をおすすめいたします。

と申しますのも、今日のように退廃と弛緩ムードのつよい時世にあっては、父親は単に職業に真剣であるというだけでは、足りない時代になったと思われてなりません。

すなわち父親たるものは家にあっても、自らを律しなければならぬ時代に突入したように思われます。

それゆえ申し難いことですが、一日の仕事を終え帰宅されて、茶の間でくつろがれる気持ちはよくわかりますが、しかし寝そべってテレビを観られることだけはゼッタイに慎まれるようにと思うのです。

つまりお子さん方の教育上、これだけはどうしても慎まれることが願わしいと思うのです。

それからついでにも一つ申すとすれば、それはご自分の履物だけはつねにきちんと揃えて上がられるようにということです。

父親がこれを守るようにしないと、奥さんがお子さんの教育上しめしがつきませんのですから。

とにかく、今日の我が国は「教育の危機」であるという時代認識の上に立って、家庭教育の重要さに深くご注目がいただけたらと思うのです。

 

三帖の書斎

なお一つの提言ですが、許されるならば、二帖もしくは三帖でもよいから、ご自分の書斎を持たれるのが願わしいと思うのです。

それというのも書斎というものは、読書によって心を磨くべき唯一の場だからです。

それ故、願わくば家長たる人が、日に一時間もしくは二時間書斎の机に向かい、座を正して読書に打ち込まれるよう心がけられることが望ましいわけです。

第二に書斎というものは、申すまでもなく執筆の場でもあって、手書きなりハガキなりの書信の場でもありますので。

多年わたくしは、すべからく「ハガキ活用の達人たるべし」と同志に呼びかけてまいりましたが、このハガキの活用こそ、人と人との絆を大切にする最大の武器と申し上げてよいと思われます。

わたくしたちの同志の間で「超凡破格の教育者」と言われた今は亡き徳永康起君は、過去13年間に、23000通あまりのハガキを早暁の仕事し、その全てが複写として残されていますが、この徳永康起君のごときは、まさにハガキ書きの達人であり、複写ハガキの菩薩ともいうべき人でした。

二年前に惜しくも67歳をもって亡くなりましたが、つい先達、「徳永康起遺文集」(全3巻)として刊行され、そのうちには膨大な書信の中から精撰された2500通が掲載され、永遠に遺されることになりましたが、それはひとえに編集権発行の責任者たる寺田清一氏の労によるものです。

話は脇道にそれましたが、読書の肝要とハガキ活用の重要さを思うにつけても、ぜひ書斎の設置をおすすめいたします。

ところで奥さんの場合は、特殊の方を除き、特別書斎をかまえなくても、台所机を利用せられるか、または居間の一隅に机をおくのが賢明ではなかろうかと思われます。

 

「森信三先生 父親人間学入門 11」 寺田一清著

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子供は本当に敏感ですね。

親がイライラしていると、子供の表情も暗かったりそわそわしていたり。

親がやさしい気持ちでいると、子供も笑顔だったり、楽しそうだったり。

特に母親の心情に敏感です。

母親が急いでいたり、焦ってイライラしていると、子供が不安になり泣き出すことがよくあります。

ですので、特に共働きのご家庭のお母さんにはぜひ、余裕をもって仕事を終わらせて保育園に迎えに行ってもらいたいですね。

 

父親としてなすべきこと。

稼ぐということと、母親を支援すること。

現在は働き方改革で、家事や子育てを分担しているお父さん方も多いのではないでしょうか。

私は現在、自営業のような働き方をしているので、平日は息子を保育園に送るくらいしかできません。

その代わり、休日はなるべく息子と遊ぶようにしています。

そこで妻には息抜きをしてもらいたいと思っていますが、息子はママとの外出を希望する。

子供にとってママはなくてはならない存在ですね。

甘いものでも買って、妻の気分が上がるよう影ながら支援していこうと思います。

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