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呼び水の理

公開日: : 人間教育, 子育て,

しつけの方法

前章で「しつけ」は、押しつけの強制ではなく、人間として生きる生き方の基本の養成であることを延べ、いかに「しつけ」は人間としての、しまり、つなぎ、けじめ、として大事なことであるか触れました。

ここで言う、つなぎ、とは人間関係の結びという事です。仲良くやっていくための心得とでも申しましょうか

 

ところでいよいよ、この「しつけ三ヶ条」をいかにしてしつけるかの方法論について共に考えてみたいと思います。

そこで一番心がけるべきことは、単に厳しさのみをもってしつけようとすることの問題です。

三歳の幼児ならいざ知らず、それをすぎると、ただ厳しさだけでしつけようとすると、動・反動の法則で、かえって逆効果をきたすものです。

人間関係でも相手を変えようとすると、変わってたまるかと、反対に変わるまいとする反作用が働くものです。

文学評論家の小林秀雄さんのことばに「人は説得しようなどと思わぬ人にしか人は説得されないものだ」とあります。

説得しようとか、相手を変えようなどと思わぬ人にしか、功を奏さないものだと思われます。

 

わたくしも、かつて苦い経験があります。

高3にもなった息子に、あさのあいさつをしつけようと思い、ある朝から突然、わたくしから先にあいさつをしました。

親父が突然ある朝からあいさつをし出したものですから、息子は面食らいました。

二・三日つづけても何ら反応がなかったのです。

それは息子に朝のあいさつをしつけようとする気持ちがみえみえでした。

ところが一週間たち、二週間たち、先手のあいさつを続けていると、少しずつ反応を示すようになりました。

それも私の発する先手のあいさつに対して、おうむ返しにあいさつをするようになりました。

その時点ではもはや習慣化し、私の心中では、しつけようという魂胆がすでになくなっていました。

それを無心に続けていますと、心よりあいさつが返ってくるようになりました。

これ以後の事は省略しますが、いま彼は三人の父親となり、同居家族のなかで一番あいさつのいいのは、この三男なのです。

 

孔子の言葉に「意なく必なく個なく我なし」とあります。

私意をもってやらそうとしたり、固定的な我欲をもって強制したりしてはいけませんとあります。

人間の生き方につき透徹した考えをもたれ、人間心理について洞察した孔子のことですから、こうした言葉が発せられたと思います。

「しつけ」というのは人間の生き方のルールともいえます。

この基本的なルールを、ぜひ幼児の時から身につけてもらわねばならず、これが親としての、特に母親としての責務と思いますが、さりとて押し付けるわけにはいきません。

あくまでも「しつけ」はおしつけではなく、親たり教師たるもの自身がさきに「しつづける」ものだと思います。

そして森先生から呼び水の理を教えられました。

 

呼び水

むかし、子どもの頃は今のような水道設備がなくて、もっぱら各家庭は井戸水にたよっていました。

商店街でしたから競争して井戸を深く掘り続ける始末でした。

それでもよく井戸が涸れて困りました。

そうした時、上から水を送ってあげると、水が水を呼び、水が湧いてくるのです。

こうしたことを「呼び水」と言いました。

 

しつけ教育として大事な事は、この呼び水の理なのです。

親から先にあいさつをしてあげるのです。

礼儀としては、下級の者が、年下の者が先にあいさつをするのが建前ですが、あしき平等思想に毒された今日においては、親たり教師たり上司たる者が、しつけ教育の上から、先にあいさつをしてあげるのです。

これをかつては率先垂範といいました。

 

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「しつけの三ヶ条」のうち、第一条件の「朝のあいさつ」だけでもしつけることができたら、家庭が変わります。

家庭だけでなく、学校が変わり、地域が変わります。

また「あいさつ」一つで職場が変わります。

これは間違いない事です。

それには、親たり、教師たり、上司たる者の絶大な忍耐心と、継続の工夫が何より先決です。

わたくしも、現在、三男夫婦と内孫三人と同居しておりますので、孫たちに朝のあいさつの一事だけでもしつけることが出来たらと、それに取り組んでいる真っ最中です。

ですから私から先に元気な声であいさつを心がけております。

先に申したように、履物もだまって黙々と日になんべんとなく揃えております。

・しつけは 口ですべきものではありません。

・親たり教師たる者 すなわち自覚者が先に行うものです。

・お説教では 人の子は育ちません。

・あいさつひとつに命をかけるほどの行がなくては教育の底は浅い。

・生命の呼応なくして何ぞ教育あらむ。

この一連のことばは、森信三先生をただ一人の師と仰いだ徳永康起先生のことばです。

 

ストローク

次に、最近わが尊敬する小原康夫先生から、ひとつ言葉を教わりました。

ストローク、という言葉です。

これはアメリカの精神分析医エリック・バーン博士が創始されたTA理論の用語の一つです。

「ストロークとは、自分の存在価値が認められると共に 相手の存在も、価値あるものと認める」ということであり、

「人は何のために生きるのか、それはストロークを得るためである」とおさえています。

わたくし流にもっと噛み砕いて言えば、

「人は他者から認められることを何より欲する者である。したがって、また他者を認めることに努力を惜しんではならない」と思います。

 

ストロークの反対が「ディスカウント」です。

ここでいうディスカウントとは、「相手の存在や価値を軽視したり無視すること」です。

要するに、無視・軽視・蔑視を意味します。

これは自己の存在価値にかかわることですから、誰だってイヤなものです。

 

そこでしつけ教育上、何を申し上げたいかというと、

ストロークとは、認めてほめるということです。

ストロークを多用し、ぜったいディスカウントをしてはならぬ。

森信三先生は、人の美点・長所を認めることにおいては人後におちぬお方でした。

言うなれば、ストロークの名人でした。

わたくしも先生に接した二十七年間において、三回、こっぴどく叱られ、あなたとは縁なきものとあきらめるとまで言われましたが、それにもかかわらず、先生から離れ得なかったのは、ストロークをシャワーをたくさんいただいたおかげなのです。

・やる気を起こさせる秘訣は、なんといっても認めてほめるということです。

・ほめ方の出し惜しみをしてはなりません。

・三つほめて一つ叱る程度ではほめ方は足りません。九つほめて一つ注意するくらいでなくてはなりません。

とは森先生のお考えです。

つねに、具体的な美点長所を見逃さず、さすが・なるほど・すばらしいの連呼でありました。

ストロークこそ親たり教師たる者、いやリーダーたるべき人の第一条件ではなかろうかと思います。

 

いまここで、この章のまとめを述べておきましょう。

「しつけ教育」の方法論について

1.親たる者は、呼び水として先にあいさつをしてあげ、自らもすすんで率先実行の人となる。

2.親たる者は、わが子の美点・長所を認めることにおいて人後におちないように。そして適時適所に、惜しみなくストロークの放射をしてあげる。

その上で、途中困難があっても挫折したり、あきらめたり、手抜きしたりせず、辛抱強く、継続しつづけることが何より肝要と思うわけです。

 

「三つのしつけ」 ー親も子も共に育ちましょうー 第五章(寺田一清著)
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子どもは、特に幼児の頃は親の真似をしたがるものですよね。

以前、息子(2歳6ヶ月)が朝の着替えをなかなかしない時期がありました。

朝起きて、オムツの取り替えをするためにも着替えようね、と言うと「イヤ」。

布団を剥がすと「ヤメテ!」

さらにパシャマを脱がそうとすると、全身で抵抗して、手でズボンを抑えながら「イラナイ、ヤメテ!」と泣き出すのです。

朝なので時間の余裕はありません。

妻も私も毎朝格闘しながら着替えさせていたのですが、毎朝息子は泣いていました。

なんとかならないかなと考えた末に試したのが、一緒に着替える、でした。

 

ある日の朝、息子に着替えをさせようとしたところ、案の定、ヤダ、ヤメテの嵐です。

そこで、「じゃあパパと一緒に着替えようか?」と言ってみたら、黙ったんです。

そして考え込んだようにして「パパと一緒にお着替えする」とつぶやいたんです。

そこですかさず、「じゃあパパのお着替えの部屋に行こうか」と移動したところ息子もついてきたんです。

そして部屋を移動して私が着替えると、息子もなんの抵抗もなく、素直に着替えてくれたんです!

そんなに素直に着替えてくれるなんて思ってもなかったので本当にびっくり!

一緒にやる効果をまざまざと実感した次第です。

今はもう一緒に着替えることが習慣になっています。

率先垂範というのとはちょっとニュアンスが異なるかもしれませんが、まず自分自身が実際に実行すること、大事なんだと感じています。

ただ、さすがにオムツも一緒に変える、と言われた時には困りました(笑)

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