*

我が子をどういう人間に育てたいのか

公開日: : 人間教育, 夫婦, 子育て

私も全国を旅して、父兄の方々と話をしたものの一人ですが、その際、よくお母さん方にお尋ねしたものです。

「あなたは我が子を、一体どういう人間に育てたいと思いですか」

あまりにとっさなことなので、大抵の人はしどろもどろなお答えをいただきます。

ただ、我が子の家庭教育においては、いったい何を中心目標とするか、それがはっきりしていることが非常に大切だとおもいます。

しかし、実際にはこの点を確立してきるご家庭は、意外と少ないのではないでしょうか。

弓を射る場合に、的がなくては意味がありません。

我が子を育てるのに「どういう人間になってほしい」という目標がはっきりしていないようでは、親としての務めを果たせないのも当然です。

実際には、親御さんの中には、かすかながらも心に念じている我が子への願いは、大なり小なり持っていらっしゃると思います。

ただそれを目標として、はっきりと言葉にして確かめることが足りないだけなのだと思います。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

どの的を狙う?

では私自身は、我が子に対して一体どんなことを常に念じてきたかと言うと(普通、人様に向かって言うことではありませんが参考までに)

1 他人はもとより身内の者にも、一切人に迷惑をかけない人間になってほしい

2 その上に、もしできることなら、多少とも人様のお世話のできるような人間になってほしい

という二つです。

たわいもないことしか考えてない、と意外に思う方も少なくないかと思います。

しかし、私くらいの年配になると、この世の中のことがひと通りわかってきます。

若い頃のように、ただ理想を高く掲げさえすればそれでよい、とは思わなくなるのです。

そして、なんとしても最低の基盤を固めることの重要さに気がつくようになります。

そうした考えから出てきたのが、ここに掲げた、きわめて平凡な事柄なのです。

私の考えでは、これが人間の最低基盤であって、これより下に落ちてくれては絶対に困るのであり、なんとしてもこうした人間としての最低基準だけは確保できるような人間になってほしい、と念ぜずにはいられないのです。

そして、そうした基盤の上に、できれば周囲の人から信用されて、頼もしい人間と思われ、時には人々の相談にも預かることのできる人間に、なれるものならなってほしいということなのです。

私はこうした二つの願いを、我が子に対して、常に人知れず心の底に持ち続けている次第であります。

ただ、小・中学生の生徒さんたちに話す際には、あまりに低すぎる印象を与えてしまうのを恐れて大体このように言っています。

1 自分がいったん決心したことは石にしがみついても必ずやり抜く人間に

2 ほんのわずかなことでよいから、常に他人のために尽くす人間に

さて、このように言うと、「人間の心得としてたった2つのことでよいものかしら?」と思う人が少なくないかもしれません。

もちろん、他にも人として大事なことはたくさんあるということは知っているつもりです。

ただ、それらをギリギリのところまで絞って、最後に残るものは何かと突き詰めてはっきりさせるほうがより大事だと思うのです。

そして突き詰めた挙句が、先ほどの2か条の目標となったのです。

そこで、親御さんがたにはこの根本2か条を参考にして、ご夫婦でよく話し合っていただきたいのです

そして、「私たちは我が子をどういう人間に育てたら良いのか」という根本方針について、一つの結論に至るまで二人で練り上げていただきたいのです。

こうした、我が子に対する親の「心願」とかは、何も子どもに言わなくても、その思いの深さに応じて、いつしかにおいのように、自然と伝わるものだと思います。

そしてそもそも「心願」というものは、心の奥深くにひそかに「願をかける」ような気持ちで念じる心です。

従って、親はその念じている事柄を直接わが子に話してはなりません。

というのも、もしうっかりして、それを子どもに話してしまったら、もはや「念じる」力は消え失せてしまうからです。

ですから「○○ちゃんたらーーーお母さんはいつもあんたのことをこんなに思っているのにーーーー」などというコドバは、親としての最大の禁句です。

子どもというものは、親が常にその心の内に念じているものにちかづくものということを、言い添えて終わりにします。

「家庭教育の心得21 母親のための人間学」(森信三著)7より

ーーーーーーーーーーーーーーー

子どもをどんな人間に育てたいのか。

妻と話したことはほとんどありませんね。

漠然と、礼儀はしっかり教えないと、とか正直に、とか強い人間に、とおもうところはあります。

ただ、妻と意見を分かち合って、話し合うというところまで、突き詰めたことはないですね。

それから、一度だけ妻とどんな子どもにしたいのか、ということについて話をしたことがありました。

案の定、お互いに考えは漠然としていて、明確にこれだ!というものはなかった。

子どもは、父親と母親の価値観(大抵の場合差があるもの)で価値基準を教わっていく。

それなのに行き着くところがが明確になっていない。

子どもからするとたまったものではないですよね。

ごめん、とそのときは思いました。

まだ二人の意見は煮詰まっていないですが、理想の姿を明確にしていこうと思います。

関連記事

「子供は厳しく育てるのがよい」 江戸時代の子育て本 和俗童子訓(貝原益軒)4

<和俗童子訓の現代語版 4> 子供を育てるには、「義方(ギカタ)」の教えをして、姑息な愛情を示

記事を読む

女子の教育は「家事」を手伝わせるのが秘訣

前に、「わが子に、人間としての性根を養うには、結局腰骨を立てさせるほかない」と力説しました。

記事を読む

父親人間学

家庭の危機 戦後20年たったころから「親子の断絶」というコトバが叫ばれ、人間疎外とか父親不在とかい

記事を読む

一事を通してその最大活用法を会得させよ

流行のいかんにかかわらず「物を大切にしてエネルギーを生かす」ということは、万古不易の宇宙的真理です。

記事を読む

六 読書と求道

人生を生きる原動力 さて、読書という営みは、このわれわれの人生において、一体如何なる位置と比重を占

記事を読む

父親はわが子を一生のうちに三度だけ叱れ

父親の本務とはいったいなんでしょうか。 第一に、家族を養い育てる経済力です。 これは前にも書

記事を読む

朱に交われば赤くなる 子供は白いキャンパスのような物

子供の教育には、交流する友達を選ぶことを大事にしましょう。 子供が生まれついて善で、父の教えが

記事を読む

金のシマリは人間のシマリ

昔から「一銭を笑う者は一銭に泣く」と言われています。 お金を軽く扱う人は、将来必ずそのしっぺ返

記事を読む

八 財の保全と蓄積

すべて最大活用 前章においては「健康管理」の問題をとりあげ、われわれ人間は、この世において与えられ

記事を読む

「詰め込み教育をするべきである」 江戸時代の子育て本 和俗童子訓(貝原益軒)6

子供が小さいときから、父、母、兄等の年長者に仕えさせ、お客様に対しては礼をもって応対し、読書、習字、

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

十一 子供の教育

夫婦間の危機 前章では、一応「夫婦のあり方」について申しましたが、大

十 夫婦のあり方

夫婦のきまり 私も今までずいぶんと結婚式の披露宴のお招きを受け、祝辞

九 家づくりの年代

持ち家への夢を 先に申したとおり、われわれは人生を大観した上で、大体

八 財の保全と蓄積

すべて最大活用 前章においては「健康管理」の問題をとりあげ、われわれ

七 健康管理と立腰

健康とは 今日のような時代わたしたちは天災・人災のいかんをとわず、い

→もっと見る

PAGE TOP ↑